小川淳子(チェスティ)の家族や経歴は?インスタやFacebookについても

ファッション誌の読者モデルとしてかつて人気を誇っていた小川淳子さん(本名・小島淳子)が亡くなられたニュースが報道されました。

カリスマ読者モデルとして一斉を風靡した人物であった事や、若さもあり衝撃を受けています。

今回はそんな小川淳子さんの家族や経歴、インスタやFacebookについて紹介していきます。

目次

小川淳子(チェスティ)の家族(子供・旦那)やwiki経歴は?

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ファッション誌の「読者モデル」の草分けで知られる小川淳子(おがわ・じゅんこ、本名小島淳子=こじま・じゅんこ)さんが3日、脳腫瘍のため死去した。39歳。神戸市出身。葬儀・告別式は近親者らで済ませた。後日「お別れの会」(仮称)を開く。

神戸女学院大在学中から女性ファッション雑誌「JJ」の読者モデルを務めた。時代を先取りした鋭い感性でカリスマ的な人気を集め、同誌で連載を担当するなど、2000年代初めの「読モブーム」の火付け役となった。甲南女子大や神戸松蔭女子学院大などの読モとともに活躍し、流行発信地としての神戸を全国に印象づけた。

大学卒業後、法律事務所秘書やネイリストを経て、03年に自身のブランド「Chesty(チェスティ)」を立ち上げ、07年に同ブランドなどを扱うアパレル会社のJOC(神戸市中央区)を設立。翌年には神戸・旧居留地に店舗を出すなど、経営者としての手腕も発揮した。

引用元:Yahooニュース

小川淳子さんの経歴は以下になります。

1979年、神戸市生まれ。神戸女学院大学卒。大学在学中から女性誌読者モデルとして活躍していました。

「読者が流行を発信する」という読者モデルブームの火付け役として一躍有名になりました。
大学卒業後、企業に勤めながらネイリストの資格を取り、退職後の2003年にネイルサロンをオープン。

美容に対する高い意識と感性が生かされたサロンとして絶大な人気を博し、同時期にTシャツやパーカーなどのカジュアルなアイテムのデザインを手掛けました。

予想以上の反響に「幅広いアイテムのお洋服を作りたい」という思いが強まり、現在でも根強い人気を誇るアパレルブランド「Chesty」をスタートしていました。

当時では珍しい、ウェブサイトを使ったeコマースのビジネスを展開し、優れたセンスと時代を先取りする鋭敏な感性で沢山のファンの心を掴みました。

  • 2005年に、神戸三宮にアンテナショップがオープン。数年で全国区の人気ブランドへと成長。
  • 2008年に、神戸の旧外国人居留地にオンリーショップをオープン。
  • 2013年にはブランド10周年を迎え、単独ブランドファッションショー実行

その他でも精力的活動されており、Chestyの他に、更にクチュール感を活かしたブランド“MissAdora”を提案するなどしています。

日本のファッションシーンを先駆者として歩んできた起業家になりますね。経歴を見るだけでも残念でなりません。

また、家族については結婚されており、子供もおり、母親であることを生かした子供服のブランド「Chestypetite」も手掛けています。

旦那さんと息子さん・娘さんの4人家族のようです。

旦那さんは小島裕介さんという方で、小川淳子さんがプロデューサー兼代表を務めるChestyの代表取締役副社長を務めていらっしゃるそうです。

家族の様子はSNSで登場していました。

インスタやFacebookについても

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Facebookでは家族の様子が綴られていました。

2014年の物であり、インスタなどは仕事関係の物がほとんどのようでした。

半年以上、インスタグラムも投稿が止まっていたため、恐らく闘病・体調不良だったのだと思われます。

残された家族の事を思うと辛いですね。

ご冥福をお祈りいたします。

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